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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)3570号 決定

債権者

徳山武夫

(他二名)

右債権者ら代理人弁護士

蔵重信博

(他二名)

債務者

土藤生コンクリート株式会社

右代表者代表取締役

伊藤徹男

右代理人弁護士

田邉満

当裁判所は、頭書記載の仮処分申立事件の各申立のうちの一部につき、平成六年一二月二一日に一部決定をしたが、本決定においては、右債権者らのその余のすべての申立〔後記第二(申立の理由)によって特定される〕について決定する。

主文

一  債権者らが債務者に対し、いずれも労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らそれぞれに対し、各金六〇万円及び平成七年三月から本案の第一審判決言渡に至るまで、毎月末日限り、一か月各金二〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立をいずれも却下する。

四  申立費用は、これを四分し、その三を債務者の負担とし、その余を債権者らの負担とする。

理由

第一申立の趣旨

一  主文第一項と同旨

二  債務者は、債権者徳山武夫(以下「債権者徳山」という)に対して金一五五万三一九二円、債権者坂本良美(以下「債権者坂本」という)に対して金一五五万三一九二円、債権者上井正美(以下「債権者上井」という)に対して金一五四万〇五七八円をそれぞれ仮に支払え。

三  債務者は、本案の第一審判決言渡に至るまで、平成六年一二月から毎月末日限り、債権者徳山に対して一か月金三六万八四七〇円、債権者坂本に対して一か月金三六万八〇二八円、債権者上井に対して一か月金四〇万五三一九円の各割合による金員を仮に支払え。

第二申立の理由

一  被保全権利

1  債権者らは、いずれも債務者に雇用された従業員であって、全員、運転手として働いてきた(争いがない)。

2  債務者は、債権者らに対し、平成六年一〇月二一日付け内容証明郵便によって、同年一一月二〇日をもって解雇する旨通知した(争いがない。以下「本件解雇」という)。

3  本件解雇は、解雇権の濫用であって無効である。

4  本件解雇は、不当労働行為であって無効である。

5  債務者から債権者らに支給される給与は、毎月二〇日締めで、月末払いの約定となっており、債権者徳山の平成六年八月分ないし一〇月の分の平均給与月額(ただし、税、社会保険料等を控除した後の額)は金三六万八四七〇円、債権者坂本のそれは金三六万八〇二八円、債権者上井のそれは金四〇万五三一九円であった(争いがない)。

6  債権者らには、平成三年以降、毎年一時金として、夏期は七月一五日に金六〇万円、冬期は一二月一五日に金六〇万円が支払われており(以上は争いがない)、本件解雇がなければ、債権者らそれぞれに対し、各金一二〇万円の一時金が支払われていたものである。

7  債務者は、平成五年一〇月二一日、債権者らに対し、会社の不振を乗り切るために年間休日一〇五日間の凍結を求め、第一、三、五土曜日の出勤を債権者らに求めてきた(争いがない)。

これに対し、債権者らも賃金カットなどの労働条件の引下げがないことを条件として、同年一一月一七日、右申し出に仮合意し、同月二〇日の土曜日には債権者上井が出勤し、債権者徳山と債権者坂本は有給休暇を使用した(争いがない)。

ところが、債務者は、同月二五日になって、右約束とは異なり、基準内賃金の四〇パーセントカットなどを含む、大幅な労働条件の引下げを求めてきたため、債権者らは、同年一二月四日の土曜日は休み、同月一七日に前記仮合意を取り消した。

これに対し、債務者は、債権者徳山と債権者坂本については、一一月六日及び二〇日、一二月四日及び一八日を、債権者上井については、一一月六日、一二月四日及び一八日をそれぞれ無断欠勤したとして、債権者らの給与から一日金一万二六一四円(基本給と資格給の合計を二三日で除した金額)の割合でカットし、更に平成六年一月以降同年一一月二〇日まで、毎月第一、三、五土曜日分をカットした(争いがない。以下「本件土曜日分賃金カット」という)。

その結果、不当にカットされた給与は、債権者徳山につき金三五万三一九二円(二八日分)、債権者坂本につき金三五万三一九二円(二八日分)、債権者上井につき金三四万〇五七八円(二七日分)である。

8  よって、債権者らは、債務者に対し、地位の保全を求めるとともに、右6の一時金及び7の土曜日休業カット分の賃金の仮払並びに解雇日後の平成六年一二月から本案の第一審判決言渡に至るまで、毎月末日限り、右5の賃金の仮払を求める。

二  保全の必要性

債権者らは、債務者からの給与によって生活をしているところ、同年一一月二一日以後、債務者から就労を拒否され、収入の途を閉ざされている。

債権者らは、それぞれ家族を有し、住宅ローンの支払を抱えたり、障害をもつ子供を有する者もいる。このままでは、債権者らの家族が路頭に迷うことは明らかである。

第三主要な争点

一  当事者の主張は、債権者らについて、「地位保全等仮処分申立書」、「主張書面(2)」、「主張書面(3)」及び「主張書面(4)」、債務者について、「反論書」、「反論書(2)」、「主張書面(1)」及び「主張書面(2)」と題する各主張書面のとおりであるから、これらを引用する。

二  本件における主要な争点は、次のとおりと解される。

1  本件解雇(整理解雇)の有効性

2  不当労働行為

3  平成六年分の一時金請求権の有無

4  土曜出勤協定の成否とカットされた賃金請求権の存否

5  保全の必要性

第四争点に対する判断

一  争いがない事実並びに本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実につき、疎明があったものと認められる。

1  債務者は、生コンクリートの製造、販売を業とする株式会社であり、平成六年一〇月末の時点における従業員は、管理職一人、一般職一一人、運転手一四人及び関連会社への出向中の者三人の合計二九人であった。債務者においては、債権者ら三人を含む合計四人が所属する全化同盟関西セメント関連産業労働組合土藤生コン支部(以下「全化労組」という)、運転手四人が所属する全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部土藤分会(以下「運輸一般労組」という)、運転手二人及び一般職一人が所属する全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部土藤生コン分会及び運転手四人が所属する親睦会である藤友会の四団体がある(一般職の残り一〇人は非組合員)。

2  債務者は、平成五年一〇月二一日、債権者らを含む右四団体に対し、会社の不振を乗り切るために年間休日一〇五日間の凍結を求め、第一、三、五土曜日の出勤を債権者らに求めてきた。債権者らは、賃金カットなどの労働条件の引下げがないことを条件として、同年一一月一七日、右申し出に合意した(合意書面はない)。

債務者は、同月二五日、全化労組ら四団体に対し、基準内賃金の四〇パーセントカット、輸送部門の分離独立などの労働条件の引下げなどを求めた。債権者らは、同年一二月一七日、債務者に対し、前記合意を白紙に戻す旨通知した。

これに対し、債務者は、債権者らに対し、本件土曜日分賃金カットをした。

3  債務者は、平成六年三月三日及び四日に手形を不渡とし、同月四日に大阪地方裁判所に対して和議の申立をした(当庁平成六年(コ)第一三号事件)。右和議事件は、同年一〇月一四日、和議認可決定がされた。

4  債務者は、和議申立後の同年三月一六日、右四団体に対し、基準内賃金四〇パーセントカットなどの申し入れをした。他方、債務者は、同月二三日には希望退職者を募った。

5  債務者と債権者の春闘等の交渉を経て、債務者は、同年六月一六日、債権者らを含む右四団体に対し、第一、三、五土曜日の出勤、千代崎工場への応援、業務都合による昼休憩三〇分の買い上げを申し入れ、この会社提案を拒否する場合は、整理解雇にせざるをえない旨通知した。

6  債務者は、同年七月一一日、全化労組上部の委員長及び書記長と会談し、右問題に関して債権者らとの調整を要請したが、奏効しなかった。

7  債権者らの全化労組は、運輸一般労組と共同で、同年八月一日、右5の申し入れが違法であるなどとした上、本件土曜日分賃金カット問題等について団体交渉を要求した。右団交はされなかった。

8  債務者は、同年九月二六日、債権者らを含む右四団体に対し、運送部門を分離して運送会社に委託し、一〇月二一日から運送会社に身分を移行すること、移行できない者については、従来の労働協約を停止し、基準内賃金の二割カット、社会保険料負担率の変更など労働条件を暫定改定することを申し入れた。

9  右に関し、同年一〇月三日、債務者からは、森巌工場長が出席して、債権者らの全化労組と団体交渉がされた(債務者代表取締役は欠席)。この席で右身分の移行先の運輸会社が近酸運輸であることが明らかにされたが、その労働条件は明らかとならなかった。森工場長は、労働条件についての債務者からの右申し入れにつき、条件の変更はできない旨回答した。

10  債務者は、同月二一日、債権者ら各人に対し、右8の申し入れに関し、委託運送会社に身分を移行せず、債務者に身分を置く者は、一〇月二一日から基準内賃金を二割カットし、社会保険料負担率を五対五に変更することなど七項目につき労働条件を変更すること、右条件を拒否する者は一一月二〇日付けで解雇となる旨の解雇予告通知がされた。

債権者らは、森工場長に対し、末払となっていた過去の賃金について適切な措置を求め、これに債務者から明確な回答があれば、右労働条件の変更について話し合う余地がある旨伝えたが、森は、過去の未払賃金については、金がないので支払えないと言うだけであった。

11  債権者らが出社したところ、一一月二一日には債権者らのタイムカードは取り払われていた。他の労働組合からは解雇者は出ていない。

二  右事実によれば、債務者は、労働者に対し、輸送部門の分離にともなう運送会社への身分の移行を申し入れ、これに応じずに債務者に残る者は、右のような相当に大きい労働条件の切下げをするとし、これにも応じない場合には解雇とする旨通告したものである。

債務者は、債権者らに選択させたと主張するが、与えた選択肢は、移籍、労働条件切下げ、解雇の三つであり、いずれも、労働者の選択に任せるというには過酷な条件である(現実として、地位を喪失するとの圧力のもとに、大幅な労働条件の切下げへの同意を強要する結果となりかねない)。

そして、右の通告に至るまでの経緯をみても、債務者の再建と労働条件の変更の問題は、懸案となってきたものの、労働者に右三つの選択肢を突きつけるのを正当化するほどに、労使で十分に協議されたとは認めるに足りず、その原因も、債務者(森巌工場長)において、債務者の労働条件の変更案に固執し、条件変更がありえないかのような態度であったことに起因する面が大きいものと推認される。

債務者代表者は、右一9に判示の団体交渉で、債権者らが運送会社への移行も労働条件の変更も拒否すると明言し、「早く会社が潰れたらよい」とか「何百回交渉しても同じだから止めとこう」などと言って、債権者らが一方的に交渉を打ち切って、取りつくしまもなかった旨、森から報告を受けたとする。しかし、当時の全化労組と債務者との文書によるやりとり(書証略)や債権者らの報告書(書証略)にも照らせば、確かに、債権者らの言動に不適切なものがあった可能性は否定できないが、右債務者の主張するように、債権者らから一方的に交渉を拒否したとの事実は窺えない。

更に、右事情に照らせば、本件解雇は整理解雇であると解され、債務者の企業運営環境には厳しいものがあり、人件費の削減も課題のひとつであったことは一応認められるものの、本件整理解雇をするに際し、債務者は、企業存続のためにやむをえない解雇者数を真摯に検討して定めたことの疎明はなく、整理解雇の基準としても、単に債権者らに右通告をして、移籍か労働条件切下げに従わない者を解雇とするというに過ぎないことが一応認められる。

以上によれば、本件解雇は、債権者ら全員の整理解雇の必要性になお疑問の余地が残されているだけでなく、債権者ら(全化労組)と十分な協議を尽くしたとはいえず、このような本件状況下においては、右判示の整理解雇の基準は合理的というには足りず、債務者による解雇回避努力も十分とは認めがたいのであって、整理解雇として正当化できず、結局、本件解雇は解雇権の濫用として無効であるといわざるをえない(争点2については検討する必要がない)。

三  前記争いがない事実並びに本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債権者らは、債務者からの給与によって生活をしていたところ、平成六年一一月二一日以後、債務者において就労できておらず、債務者から右以後の期間に相当する給与等の支払を受けていない。

2  債権者徳山武夫には、妻と三人の子供(高校三年生、中学一年生及び小学五年生)がある。末の子には障害があり、妻は働くことができない。右債権者は、ローンの支払を含む生活費として、毎月四二万円程度を要すると報告しているところ、本件解雇後、アルバイトをして、一か月平均で約一〇万五〇〇〇円の収入を得ている(もっとも月額一四万円程度へと次第に増加している)。解雇後の収入減少分は借金によりまかなってきた。

3  債権者坂本良美には、妻と一人の子供(二三歳)があり、同子は、障害を有して養護施設に入所中である。妻は、パートタイマーで働いているが、月収は約一〇万円である。右債権者は、ローンの支払を含む生活費として、毎月三五万円程度を要すると報告しているところ、本件解雇後、アルバイトをして、一か月平均で約八万七〇〇〇円の収入を得ている(もっとも月額一二万円程度へと次第に増加している)。解雇後の収入減少分は借金によりまかなってきた。

4  債権者上井正美には、妻と五人の子供(二〇歳、高校三年生、中学二年生、小学一年生、五歳)があり、右五歳の子には障害があり、妻は働くことができない。成人した二〇歳の長女は、働いて月額約一二万円の収入を得ており、このうち、二万円を家計に提供している。右債権者は、ローンの支払を含む生活費として、毎月四二万円程度を要する旨報告しているところ、本件解雇後、アルバイトをして、一か月平均で約二〇万円の収入を得ている。解雇後の収入減少分は借金によりまかなってきたが、解雇後の借金額は五〇万円である。

5  債権者らを除く債務者の従業員には、平成七年一月分の給与から基準内賃金の一割カットという条件が実施されており、本件における元相債権者である平田和豊も同様の条件で債務者に復職した。

仮に債権者らが右条件で復職した場合の税金や社会保険料等を控除する前の一か月の賃金額は、基本給、資格給、住宅手当、家族手当の合計で、債権者徳山が金三五万三四〇〇円、債権者坂本及び債権者上井が各金三五万一四〇〇円であり、仮に、債権者らの従前の時間外労働の実績をも考慮するとすれば、各人ほぼ四〇万円程度になるものと推認される。

四  以上判示の事情に照らせば、債権者らについて地位保全の仮処分命令を発する必要性が肯定される。

また、債権者らについての復職が実現した際に得られるであろう給与額、自助努力に関する事情、各債権者の家族を含む社会的、経済的生活状況、困窮度、その他諸般の事情を総合考慮して検討すれば、月払賃金の仮払としては、債権者らそれぞれにつき、税金や社会保険料等を控除する前の額として金二〇万円の限度で仮払の必要性が一応認められる。

いわゆる過去分の賃金(一時金を含む)については、右諸事情に鑑み、債権者らそれぞれにつき、平成六年一二月分から平成七年二月分までの期間に対応する賃金のうち、税、社会保険料等の控除前の額として各金六〇万円の限度で仮払の必要性が一応認められる。

そして、本件土曜日分賃金カット分及び一時金についての仮払請求は、右認定の仮払に加えてまでは必要性が認められない(したがって、この両者の仮払請求については、被保全権利の存在〔争点3、4〕につき判断するまでもなく理由がない)。

五  よって、債権者らの本件申立は以上の限度で理由があるので、事案に鑑み、債権者らに担保を立てさせないで、主文のとおり認容し、右を越える申立は理由がないので却下する。

(裁判官 田中昌利)

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